「紋次郎」を生んだ作家の一大エンタテイメント --- 真田十勇士 --- | |
笹沢佐保, 真田十勇士 (一)〜(五), 光文社 (光文社時代小説文庫) |
真田十勇士といっても、もうピンとこない人が多いかもしれません。っていって、私も知ったのはそんなに昔のことではないのですが。 猿飛佐助、霧隠才蔵ら、十人の勇士たちが、天才武将・真田幸村のもとに徳川家康を向こうに大暴れする、というのは、戦前の「立川文庫 (たつかわぶんこ)」で好まれた題材です。本作は、いわば「古い酒を新しい袋に入れた」作品ですが、袋の新しさが並ではなく、実に面白い作品となっています。 十勇士の魅力の一つである佐助・才蔵らの忍術も、非常にわかりやすく面白く書かれていまして、ライバルである徳川方の甲賀忍者との決戦は読んでいて手に汗握る迫力です。 登場する三人の女性、徳姫・葉里・そして小夜も、それぞれに違った魅力をもつキャラクターとして描かれており、どうしても殺伐としがちな話に色を添えています。どことなく悲しい色ではありますが。 要所に歴史的事実の矛盾を織り込んで話に説得力を持たせる手法といい、迫力ある描写といい、めくるめくストーリー展開といい、実に一級のエンタテイメントです。「木枯し紋次郎」とはまた違った笹沢ワールドをぜひ御堪能あれ。 |
闇に生きる --- 仕掛人・藤枝梅安 --- | |
池波正太郎, 殺しの四人〈仕掛人・藤枝梅安〉, 講談社 (講談社文庫) 池波正太郎, 梅安蟻地獄〈仕掛人・藤枝梅安〉, 講談社 (講談社文庫) 池波正太郎, 梅安最合傘〈仕掛人・藤枝梅安〉, 講談社 (講談社文庫) 池波正太郎, 梅安針供養〈仕掛人・藤枝梅安〉, 講談社 (講談社文庫) 池波正太郎, 梅安乱れ雲〈仕掛人・藤枝梅安〉, 講談社 (講談社文庫) 池波正太郎, 梅安影法師〈仕掛人・藤枝梅安〉, 講談社 (講談社文庫) 池波正太郎, 梅安冬時雨〈仕掛人・藤枝梅安〉, 講談社 (講談社文庫) |
江戸の暗黒界について知りたいなら、 池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安」シリーズでしょう。 この作品の設定は、すべて作家、池波正太郎の創作ですが、 単なる創作とは思えないリアリティをおぼえます。 金で請け負う殺しのことを「仕掛(しかけ)」といい、 仕掛を裏の稼業とするものたちのことを「仕掛人」といいます。 彼らは、「生きていてはためにならぬ奴」を抹殺するためだけに、 手を血で汚します。 しかし仕掛人たちは、殺しの罪を、殺されるものの罪で正当化しようとせず、 自分たちの奪った命の重さに、 「長生きはできないだろう」と自覚しているのです。 「人間はよいことをしながら悪いことをし、悪いことをしながらよいことをする」 という作者のメッセージが読み取れるのではないでしょうか。 和製フィルムノワールとでもいうべき本作品は、まさにフランス映画を愛した池波正太郎にしか書けなかった小説と言えるでしょう。 作者の死去によって、未完で終わってしまったのはむちゃくちゃ残念です。 |
諜略・忠臣蔵 --- 「四十七人の刺客」 --- | |
池宮彰一郎, 四十七人の刺客, 新潮社 (新潮文庫) |
これは映画にもなった話題作で、映画「十三人の刺客」の脚本家であった池宮彰一郎の初めての小説です。この人は、たしか結構お年だったはず。脚本家で、ある程度年齢がいってから小説を書き出したというのは、隆慶一郎といっしょですね。 日本人が大好きな「忠臣蔵」を、仇討ちではなく「戦さ」だと見たところに新しさがあります。浅野側の指揮官、大石内蔵助と、吉良側の指揮官、上杉家の江戸家老、色部又四郎の息詰まる攻防がすばらしい。 浅野内匠頭が吉良を斬ろうとした原因が分からないのは、色部が側用人柳沢吉保と計り、それが表に出る前に浅野を切腹させたからという設定。大石はそれを逆手にとり、吉良が賄賂を拒否した浅野をいじめ抜いたといううわさを金を使ってばらまきます。このように、大石は相手の色部の才気に付け込む攻めを見せ、確実にポイントを稼いでいきます。不可能と思われる討ち入りはどのように成功するのか、そして討ち入りを成し遂げた「刺客」たちの運命は。 硬質な文体(私の好み)と一級の諜略。トム・クランシーも目ではありません。もう、めちゃめちゃかっこいい。ベストセラーになったのも当然でしょう。 |
最後の忠臣蔵 --- 「四十七人目の浪志」 --- | |
池宮彰一郎, 四十七人目の浪志, 新潮社 (新潮文庫) |
元禄赤穂事件――いわゆる忠臣蔵・吉良邸討ち入りに、足軽としてただ一人参戦した寺坂吉右衛門を主人公にした、池宮彰一郎のベストセラー「四十七人の刺客」の続編です。 寺坂は討ち入りの引き上げ時に大石内蔵助から事件の生証人として、また、討ち入りに参加しなかった元赤穂藩士の相談役として、隊を抜け生き延びる事を命じられます。 眼前に控えた死から生への転換に苦しみ、狼狽する姿を描く「仕舞始」、不義士として周囲から肩身の狭い思いをしている元赤穂藩士を救うために剣をとる「飛蛾の火」、遠島となった浪士の遺児を救うべく、再び自ら捨石となる事を決意する「命なりけり」、そして、討ち入り前日に脱盟逃走した元親友と偶然出会い、隠された使命を知る「最後の忠臣蔵」の四編からなる連作中短編集ですが、中でも私がお勧めなのは「命なりけり」。遺族と柳沢の水面下の暗闘は、そのまま「…刺客」での内蔵助と色部の情報戦を思わせ、手に汗を握ってしまいます。前作での、内蔵助が下す一手一手に色部が苦しむ様を読んで、それに喝采した方なら、この興奮は解ってもらえるでしょう。 また、「最後の忠臣蔵」も傑作です。嫁入り行列のシーンでは作者の暖かい目に、そしてラストシーンでは一人の男の壮絶な最期に、思わず目頭が熱くなってきます。 「情報と経済の忠臣蔵」を書いた作者の手による「もう一つの忠臣蔵」。 |
海の信長、九鬼嘉隆の生涯 --- 戦鬼たちの海 --- | |
白石一郎, 戦鬼たちの海, 文藝春秋社 (文春文庫), 602円(外税) |
白石一郎といえば海洋小説、ですが、これもその一つ。織田水軍の長として戦国の海を駆け抜けた一人の武将、九鬼嘉隆の生涯を描いた小説です。 例によって白石一郎独特の、ダイナミックで力強い筆致で描かれる嘉隆の生涯は、読むものすべてを魅了することでしょう。特に信長との問答、関ヶ原の際に西軍の使者を迎えて、ついに西軍への荷担を決意するとき、そして最後、見事にみずからの首を斬って死ぬ瞬間は、漢の心を揺るがすに申し分ないでしょう。甥である澄隆を討つところなど、さっと書いてぱっと余韻を残す。ここらへんが巧みだなぁ、と思います。 そして、彼に関わって人生に大きな変動を受けた二人の女性、お咲としのぶが、それぞれの個性を持って書かれています。「海狼伝」でも思ったんですが、白石一郎って女性をべたべたせずにさらっと書くのが上手いですよね。 とにかく、戦国と海、そのいずれかが好きな人なら絶対に読んで損はないでしょう。 |