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作品紹介 --- あいうえお ---

作家の会津愛の発露  --- 会津士魂 ---

早乙女貢,
会津士魂(1)〜(13),
集英社 (集英社文庫)

明治維新。

わが国の近世においてもっとも大きな出来事であり、また江戸時代から近代に転換する、まさに革命的な事件であったといえます。260年以上も政権を保ちつづけた幕府を倒すという、まさに回天の事業を成し遂げた西郷・大久保・桂・坂本などといった薩長土の志士の活躍は、司馬遼太郎らをはじめとする多くの小説家たちによって描かれ、半ば英雄視されているといっても過言ではありません。

一方、戦敗国である会津については、新撰組を指揮して維新志士を血祭りに上げた賊という戦前のみかたはさすがに影を潜めたものの、「勤皇の志高く、孝明天皇に厚い信頼を受けていたが、幕府との縁が切れずに朝敵に落とされてしまった」悲劇の主人公というみかたが一般的なのかもしれません。

しかし、会津は単に引き際を誤って賊とされただけなのでしょうか? 会津はなぜ、将軍・慶喜に疎まれてなお、彼のために働いたのでしょうか? なぜ、御三家すら官軍に尾を振るなか、官軍に対して起たねばならなかったのでしょうか? なぜ、幕府は恭順の道を取ったのに、国土を灰燼にしてまで戦わねばならなかったのでしょうか?

その理由が本書のタイトルである「会津士魂」なのです。

東北人の朴訥な気質に加え、会津藩校・日新館は武士を武士らしく育てる教育を施してきました。自然、会津は「士魂」を持った人間を多く持つことになったのです。

武士とは、義のために生きるものです。義を忘れた武士は武士ではありません。攘夷を言いたてながら外国と手を結び武器を買いつける、勤皇といいつつおかみ主上(孝明天皇のこと)を毒殺し偽勅を連発する、敵国において略奪や暴行の限りを尽くす、薩長の横暴を正さずひたすらにひれ伏す、これらはみな義を忘れ利に生きる、武士の風上にもおけぬ痴れ者なのです。

会津の歩んだ道は「士魂」を持つものとして当然でした。決して、会津は機を見るに疎かったために悲劇に落ちたわけではないのです。

義を知るならば徳川宗家への忠誠は絶対です。それが藩祖・保科正之の教えであればなおのこと。また真に勤皇であれば、己の思うままに朝廷を操る薩長の横暴をとがめるのが義というものです。皆が義を捨てたなかで義に生きたために利を失った、それが会津の悲劇だったといえるでしょう。

早乙女貢は、前半では会津の青年藩士・鮎川兵馬を通して会津士魂を描き、後半は義を忘れた痴れ者たちに会津が貶められて行くさまを怒りを込めて描いています。

物語としては兵馬の活躍する前半がオススメ。典型的会津武士である兵馬が京都詰めとなり、京都見廻組の佐々木只三郎ら有名人が登場するなか、ほろ苦い恋や仇探しを体験しながら成長して行くさまがオモシロイ。

後半は一変して歴史大河小説となり、時代小説的な楽しみは薄れます。その代わり、前述のようなメッセージがびんびんと伝わってきます。薩長の人間は悪鬼のように書かれており、勝海舟ら恭順派もボロクソです。正直、会津人はすべて士魂を持ち薩長は悪者だらけ、という極端な会津びいきは読んでいて疲れなくもないのですが、薩長の勤皇志士を英雄視する小説の対比としては一読の価値はあるとおもいます。

会津藩士を曾祖父に持つ早乙女貢がこの作品に込めた思いを、ぜひ受け止めてみてください。好みはどうあれ、読む価値は十二分にある大作だといえるでしょう。

ストーリーテラーの味な逸品 --- 「江戸八百八町物語」 ---

柴田錬三郎,
江戸八百八町物語,
講談社 (講談社文庫)

時代小説界屈指のストーリーテラーといえば、 戦後時代劇最大のヒーロー「眠狂四郎」を産んだ、 柴田錬三郎の名を挙げないわけにはいかないでしょう。 彼の「江戸八百八町物語」も、非常に面白い作品です。

有名な事件(天一坊事件、忠臣蔵)、人(大久保彦左衛門、紀国屋文左衛門)を、 柴田錬三郎流に掘り下げた、14の短編からなっていて、 どの話も十分な意外性と物語性に富んでいます。

第1話「江戸っ子由来」は、大久保彦左衛門を主人公にしています。 「天下のご意見番」大久保彦左衛門が、なぜあのようなずけずけとした物言いを したのか、なぜ駿河台に屋敷を構えたのか、という話から、 「江戸っ子」という言葉の由来は、実は大久保彦左衛門の退屈しのぎから生まれた、 という話まで、いろいろなエピソードがちりばめられています。

決して目立つ話でもなく、大スペクタクルが展開するわけでもないのですが、 小粒できらりと光る短編です。 眠狂四郎のファンの人はもちろん、そうでない人もぜひどうぞ。

火盗改メが桧舞台に  --- 鬼平犯科帳 ---

池波正太郎,
鬼平犯科帳(一)〜(二四),
文藝春秋社 (文春文庫)

捕物帳というと、江戸の南北町奉行とその同心、岡っ引を扱ったものがほとんどです。ですから、江戸の警察機構というと、まず町奉行が浮かぶのも無理はないでしょう。しかし、江戸時代には、一種の特別警察「火付盗賊改メ」もあったのです。いわゆる「火盗改メ」を有名にしたのは、池波正太郎「鬼平犯科帳」です。

江戸を荒らしまわる盗賊に恐れられた、「鬼の平蔵」こと火付盗賊改メ長官、長谷川平蔵。彼は情に厚く、また、人間の道に外れたことをするものは決して許しません。一家皆殺しの「急ぎばたらき」をするような兇盗は厳しく追い、ときには問答無用で斬り捨てる。 しかし、まことの盗め(つとめ)をする盗賊たちとは、お互いに敬意をもってい、彼らが縛についた場合、平蔵は彼らを「密偵」として命を助ける道を選びます。そういう彼を、世間の人は「鬼平」といって恐れ、称えました。

ほとんどが盗賊上がりの密偵たちは、仲間からは「いぬ」と呼ばれ、命を落とす危険さえあります。しかし、彼らは平蔵のためなら命を捨ててもよい、と考え、平蔵もまた、いかなるときも彼らを信頼しています。それは、与力・同心に対しても同じです。この信頼感、そして人情が人の心を打ち、「鬼平犯科帳」をベストセラーとしているのではないでしょうか。


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