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■オススメ時代小説家 --- 迷ったら彼らを選べ! ---


作家名池波正太郎
代表作鬼平犯科帳」 「剣客商売」 「仕掛人・藤枝梅安」 「秘伝の声」

故・池波正太郎先生は、私こと小笠原徳彦のもっとも敬愛する時代小説家です。平成2年の訃報に涙した人は、私以外にも数多くいるに違いありません。時代小説に疎い方でも、三大シリーズ「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」のどれか一つは、名前ぐらいはご存知なのではないかと思います。

また、街遊びの達人、小説の職人としても知られており、食事・映画・音楽・芝居など多岐にわたる実践と教養に裏打ちされた、ダンディズムに溢れた数々のエッセイも高い人気を誇っています。

新国劇の脚本家として鍛えられた、エンターテイメントに徹した卓越したストーリーテリングの力と、会話と改行を多用した空気のように自然な語り口、そしてなにより、人間の善と悪、それを見事に見据えて描くところが魅力です。

私としては、すべての日本人に一度は読んで欲しい小説家です。ちょっとおおげさかも。

作家名藤沢周平
代表作 「又蔵の火」 「隠し剣孤影抄」 「隠し剣秋風抄」 「用心棒日月抄」 「一茶」

サラリーマンに絶大な人気を誇る藤沢周平。その訃報に涙された方も多いかと思います。その人気の秘密はどこにあるのでしょう? 実に難しい問題であります。しかし、ストーリーの組み立てのうまさと語り口の上品さが、その魅力の一端を担っていることは疑うべくもないでしょう。

池波正太郎のようなけれん味こそありませんが、読み終わった後に考えさせられたり、にやりとさせられたり。「あぁ、上手いなぁ」と思うことしきりです。隙がないというか、まさに玄人が書いた小説、という感じです。

初期の作品群のどことない暗さも、「用心棒日月抄」あたりからの軽妙な台詞のやり取りも絶妙。そして、登場する女性の魅力的なことときたら、……。

作家名津本陽
代表作 「明治撃剣会」 「薩南示現流」 「日本剣客列伝」 「拳豪伝」

数年前「下天は夢か」がベストセラーとなった津本陽ですが、私にとってはやはり、初期の剣術小説との出会いが衝撃的でした。

津本陽の魅力は、自ら剣を握ったことのある体験から来る説得力のある文章です。
剣道三段、抜刀術五段の腕前である津本陽は、「刃筋を立てて斬る」「足裏で地面を探る」といったリアル感覚あふれる描写で読むものを圧倒します。
それまでの剣豪作家がよく取り上げていた戦国末期から江戸初期の剣豪ではなく、幕末から明治時代の無名の剣豪たちにスポットを当てたことから「ネオ剣豪小説」などと呼ばれました。

津本陽の小説は、剣戟描写に非常に高いウェイトを置いています。その無駄な感情を一切斬り捨てた硬質の文章には、C. J. Bollandのような、良質の乾いたテクノが良く似合うと思います。かといって、津本陽の小説が無味乾燥な、殺伐としたものだというわけではありません。感情は、鋭い切れ味の文章の残心から読み取るものなのです。

もう一つ、方言を多用した生き生きとした会話、この独特のテンポのよさも、津本陽の魅力の一つです。

作家名戸部新十郎
代表作日本剣豪譚」 「伊東一刀斎」 「服部半蔵」 「蜂須賀小六」

戸部新十郎は、自らも無外流の居合いを抜きます。自分の体が知る剣の描写の的確さ、豊富な資料から来る厚みのある知識が、戸部新十郎の小説の魅力です。
戦国期の武将や剣豪を書かせれば、まず当代随一の作家といえましょう。

そして落ち着いた語り口と、フォーカスを主人公から微妙にずらして、逆に主人公の生き方を浮き彫りにする手法。史実と創作の微妙なバランス。もはや、私なぞが多くを語る必要はないでしょう。

作家名隆慶一郎
代表作 「吉原御免状」 「かくれさと苦界行」 「一夢庵風流記」 「影武者徳川家康」 「鬼麿斬人剣」

隆慶一郎は、ひょっとすると、某少年漫画の原作者として知られているかもしれません (笑)。

小説家としての活動期間こそ晩年の6年と短かったものの、網野善彦らの「道々の輩」史観に基づいた意欲的な作品を送り出し、高く評価されています。

そのキーワードは「かぶき者」「道々の輩」「徳川家康影武者説」でしょうか。これらが重層的に絡み合い、史実の矛盾をエンタテイメントに高め、伝奇小説の復興を高らかに告げたのです。

そして、隆慶一郎の小説の主人公は、どれもひとかどの「漢(おとこ)」であり、男女かまわず「この人のためなら死ねる」とまで惚れ抜かれるのです。読んでいてその強さ、たくましさ、そして優しさに元気付けられることも多いでしょう。まさにカッコイイ。

この人も、死んだことが本当に惜しまれる作家です。対談で「死ぬ前に一度、ヤマトタケルを書いてみたい」とありましたが、彼のかいたヤマトタケル、どんなものか想像するだけでドキドキします。「死ぬことと見つけたり」「かぶいて候」といった未完の作品も多く、まだまだ書いて欲しかった。本当にそう思います。

作家名司馬遼太郎
代表作竜馬がゆく」 「梟の城」 「新選組血風録」 「燃えよ剣」

昨年 (1996年)、時代小説の巨星がまた一つ墜ちました。
「龍馬が行く」などの歴史小説で有名な司馬遼太郎がその人です。

司馬作品の魅力は、丁寧な資料探求と創作のバランスではないかと思います。時代のダイナミズムを実に上手く筆に載せる、その巧みさが読者を引き付けたのではないかと。

「竜馬がゆく」「新選組血風録」「燃えよ剣」「坂の上の雲」など、幕末を中心にした作品群が有名ですが、初期に書かれた「梟の城」のような伝奇的な作品も面白いです。晩年は小説を書かなくなっていたとはいえ、本当に惜しい人が亡くなったものです。

作家名五味康祐
代表作 「柳生武芸帳」 「剣聖・深草新十郎」 「無刀取り」 「スポーツマン一刀斎」

津本陽が「ネオ剣豪作家」と呼ばれることがありますが、「ネオ」に対する典型的な剣豪作家こそが、五味康祐です。その格調高い文体は、日ごろライトな文章を読み慣れているととっつきにくいかも知れませんが、非常に新鮮です。

若い頃は歴史学者になろうと思った、というほどの歴史好きだった彼は、歴史の中からエピソードを掘り起こして、自分の小説に組み込むのを得意とします。美文で語られるエピソードは物語を締まらせます。そして、一種独特の冷たさと美しさをもった剣戟描写。

五味康祐の漢文読み下し調の美文を、ぜひ皆さんにも体験していただきたいと思います。日本語ってホントにカッコいいんだ、と思われることでしょう。私も死ぬまでにこんな文章を書けるようになりたいけど、夢だなぁ。

作家名子母澤寛
代表作 「新選組始末記」 「新選組遺聞」 「新選組物語」 「逃げ水」 「父子鷹」 「真説・宮本武蔵」

「ふところ手帖」(映画「座頭市」の原案となった短編「座頭市物語」収録)や「二本差(りゃんこ)の弥太郎」といった股旅もので有名な作家・子母澤寛(しもざわかん)ですが、「新選組始末記」「新選組遺聞」「新選組物語」といった実録性の高い新選組ものは、それ以降の新選組ものに少なからぬ影響を与えたといわれています。

ジャーナリストらしい丹念な取材に基づいた丹念な文章は、新選組を初めとして、賊軍といわれた側から見た幕末を再評価するものとされています。また上野彰義隊の生き残りである祖父の影響で、文章は生き生きとしており、単なる実録ものではなく、小説として見事に昇華しているといえます。

作家名岡本綺堂
代表作半七捕物帳

岡本綺堂は時代小説の文脈では「半七捕物帳」の作者であり、捕物帳の創始者であるというイメージが強いですが、東京日々新聞の記者であり (「半七」の語り手である「私」は綺堂自身がモデルです)、当時の文化人らしく英語にも堪能で、シャーロック・ホームズを原書で読んだりしています。また新歌舞伎の第一人者として、多くの名作を残しています。また東京育ちの綺堂は、明治初期には色濃く残っていた江戸の風俗を肌で体験しています。

ジャーナリストとしての目と劇作家の語り口と江戸の風物、これが作家・岡本綺堂の柱となっているのは疑いのないことでしょう。

生身で感じた江戸をビジュアルな文章に落とし込んだ作品は、今読んでも新鮮な感じがします。江戸の風景を感じ取るのに、ぜひご一読いただきたいですね。小説ではありませんが、エッセイ集「綺堂むかし語り」(光文社時代小説文庫) も非常に面白いのでオススメです。

作家名山田風太郎
代表作 「甲賀忍法帳」 「伊賀忍法帳」 「魔界転生」 「警視庁草紙」

山田風太郎といえばなんといっても忍法帳でしょう。「忍者モノ」ではなく「忍法帳」を書けるのは山田風太郎しかいない、とよく言われます。人間とは思えないさまざまな「忍法」を駆使して戦う忍者たちの戦いが見物です。その独特の艶っぽい文章で描かれる死闘は、読むものを引き付けて離しません。

しかし戦いの結果、残るのはある種の無常感。戦いとは無駄な、無意味なものである、という戦中派・山田風太郎の考えが出ているのでしょうか。

もちろん忍法帳以外にも、「開化もの」「南北朝もの」の傑作もあり、古今の名作のパロディというか、オマージュというかも交えた文章も面白く、実に才気あふれる作家であるといえるでしょう。

作家名山手樹一郎
代表作桃太郎侍」 「遠山の金さん」 「夢介千両みやげ

娯楽性を何よりも重んじた時代小説家といえば、なんといっても明朗闊達の「山手調」で知られる山手樹一郎でしょう。

彼は「重苦しいのは現実だけで十分、小説は読んでいい気持ちになることが一番だ」という信念を持っていました。頭脳明晰、明朗闊達、無双に強いが剣は決して抜かない主人公が、女に惚れられるが決して溺れることなく、善を持って悪を制すという「山手調」はこの信念から生まれています。

確かにプロットも単純でワンパターンかもしれませんが、読んで気持ちよくなるのは確か。それを貫いた山手樹一郎も立派であるといえると思います。

作家名白石一郎
代表作 「海狼伝」 「海王伝」 「サムライの海」 「戦鬼たちの海」 「十時半睡事件帖」

最近の私のお気に入りの作家です。海洋モノを書かせたら当代随一でしょうね、やはり。

なんというか、文章がとても男性的で、ダイナミックなのが印象的。大体、海洋小説というのは非常に男心を揺さぶるものでありますし。海戦のシーンとか、瞼を閉じると頭に浮かんできて、潮の香りがしてきそうな文章です。とにかく読んでいてワクワクする作家ですねぇ。

そう思う一方、「十時半睡」のようなモノを書いても実に上手い。やっぱり南国育ちの文章なんでしょうか、からっとしていて読後感がイイ。

そうそう、海洋小説でもロマンスはしっかり押さえてますしね。やっぱり小説巧者なんだなぁと思います。

作家名笹沢佐保
代表作木枯し紋次郎」 「帰ってきた木枯し紋次郎」 「真田十勇士

笹沢佐保は推理小説・時代小説、共に数々のベストセラーを生み出したエンタテイメントの傑人であり、しかも数々の伝説を持つ作家です。

共通して言えるのは、やはり「文章がリズミカル」「キャラクターの創造が巧み」ということなんではないかと思います。
文章は畳み掛けるような独特のリズムがあって、それがなんともイイですね。
キャラクターに関しては、「紋次郎」一人の魅力で十分すぎるほどのモノがあるでしょう。

病をお持ちなので心配していましたが、世田谷文学館での対談で縄田一男先生がお元気だといっておりましたので安心しました。これからもばりばり書いていただきたいです。


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