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作品紹介 --- かきくけこ ---

紋次郎は時に勝てるか --- 「帰ってきた木枯し紋次郎」 ---

笹沢佐保,
帰ってきた木枯し紋次郎,
新潮社 (新潮文庫)

「時代小説が生んだ戦後最大のヒーロー」が帰ってきました。

大ヒットした「木枯し紋次郎」の世界から10年後、38歳になった紋次郎を描いて「小説新潮」で連載が始まったのが「帰ってきた木枯し紋次郎」です。

紋次郎は、彼を命の恩人とする「花菱屋友七」に懇願されて「板鼻宿」という宿場町に住み着くことになります。

紋次郎も長きにわたる無宿人生活で疲れ果て、定住したいという気持ちを持つのですが、板鼻宿で持ち上がる数々の事件を通じて紋次郎は、堅気の人間と無宿人との間には深い溝があることをあらためて知り、結局、また放浪の旅へと出ていきます。

笹沢佐保の、救いを作らない冷たい描写が、紋次郎の心の悲しさを際立たせています。

ストイックな剣の世界へ --- 「隠し剣」シリーズ ---

藤沢周平,
隠し剣孤影抄,
文藝春秋社 (文春文庫)

藤沢周平,
隠し剣秋風抄,
文藝春秋社 (文春文庫)

剣に生き、剣に死す、そんなストイックがお好みの方は、 藤沢周平「隠し剣孤影抄」「隠し剣秋風抄」(文藝春秋社)なんてのはどうでしょう。 一話一秘剣(?)の短編小説集で、一つ一つの秘剣、 それと秘剣を使う闘いの場面の描写が見事です。 それでいて、ただのチャンバラ小説ではありません。 剣での闘いよりも、闘いに至るドラマを重視した小説です。

例えば、「隠し剣孤影抄」の第一話「邪剣竜尾返し」は、次のような話です。

雲弘流の剣客、桧山絃之助は、赤倉不動に夜篭りにいき、 そこで知り合った女と一夜を共にしました。 しかし彼女は、自分との試合を望む、赤沢という男の妻だったのです。 罠にはまった彼は、試合に必勝を期するため、 病床にある父・弥一ェ門から、弥一ェ門が考案した秘伝である不敗の剣、 「竜尾返し」を伝えられます。 しかし、…

どうです。渋いでしょう。

「なぜ、人は闘わねばならないのか。」

この重い問いに、この小説は見事答えてくれるでしょう。

作家の才能のぶつかりあい  --- 競作 黒門町伝七捕物帳 ---

縄田一男(編),
競作 黒門町伝七捕物帳,
光文社 (光文社時代小説文庫)

時代小説は、いろいろな人が書いていて、もちろんそれぞれに作風が異なります。「あの人とこの人が、同じ設定で話を書いたらどうなるだろう?」そういう疑問に答えてくれたのが、縄田一男(編)「競作 黒門町伝七捕物帳」です。

伝七捕物帳と言えば、陣出達朗の作品であると思われているのですが、実は「捕物小説クラブ」のメンバーによる競作であり、陣出達朗はそのなかの一人だったのです。

この本に納められている「伝七」の執筆者は、山手樹一郎、村上元三、高木彬光、横溝正史、角田喜久雄、城昌幸、野村胡堂、戸川貞雄、邦枝完二。いずれも、時代小説、推理小説で有名な、豪華な顔ぶれです。これだけの人を、同じ舞台の上で読み比べられるのですから、お得ですね。編者の縄田一男さんに感謝!

江戸が舞台のダンディズム --- 「剣客商売」シリーズ ---

池波正太郎,
剣客商売,
新潮社 (新潮文庫)

剣術使いを書いた小説の中で、私がまずお薦めしたいのは、池波正太郎の「剣客商売」シリーズです。池波作品の代表作の一つですから、御存じの方も多いと思います。ドラマ化もされましたしね。

時は田沼時代。無外流の老剣客、「知る人ぞ知る…」名人と呼ばれた秋山小兵衛は、今は引退し、四十も歳の離れた孫のような「おはる」と共に鐘ヶ淵に暮らしています。その息子の秋山大治郎は、橋場に道場を持って、日夜剣の修行に明け暮れています。

一見白髪頭の好々爺で、体も小さく、いつも大刀でなく脇差のみを帯びている小兵衛ですが、何しろ強い。彼に対したものは、「どこをどうされたものか…」当て身を受け、「一瞬の後に…」首筋から血を吹き出して倒れます。よく食べ、よく動き、人に慕われ、金儲けもうまくて金離れもよい。かといってスーパーマンではなく、食べ過ぎて腹をこわして寝込み、息子・大治郎の危機には苦悩する人間らしさをもつ。まさに男の理想像です。

それに対して息子の大治郎は、全身これ真面目、ことあるごとに「何事も修行ですから」などといい、父の小兵衛から「お前は、いちいちいうことが固いのう」と混ぜっかえされます。そういう彼ですが、少しずつ冗談もいうようになり、一人で酒を飲むことも覚え、父・小兵衛の弟子である、御用聞きの四谷の弥七が、「若先生も、だんだんと大先生に似てきなさる」というようになります。この大治郎の成長も、本作品の魅力です。

この二人を軸に、小兵衛の若妻おはると、田沼意次の隠し子であり、のちに…おっと、これはいわないでおこう、の佐々木三冬、小兵衛の碁仲間である医者の小川宗哲、剣客仲間である牛堀九万之助、小兵衛の弟子の御用聞き、四谷の弥七とその下っ引きの笠屋の徳次郎、といった、いろいろな人びとが絡んで来ます。

文体はきびきびしていて固め(これがまたいいんだ)、その中にほのかに香るユーモアが、実にいい味を出しています。 とにかくイチ推し! ぜひ一度読んでみましょう。

あっしには関わりのねえことで --- 「木枯し紋次郎」シリーズ ---

笹沢佐保,
木枯し紋次郎,
光文社 (光文社時代小説文庫)

「時代小説が生んだ戦後最大のヒーロー」の一人、それが木枯し紋次郎です。中村敦夫演ずる紋次郎の長楊枝を咥えた風貌、そして「あっしには関わりのねえことでござんす」という一言は、時代小説ファン以外にも十分に有名といえるでしょう。

光文社の英断により、この「木枯し紋次郎」が「光文社時代小説文庫」として復刊されました。

たたみかけるような「……った」という語尾を多用するリズミカルな文体で描かれる紋次郎の、無宿者としての悲哀。「関わりのねえことで」といいつつ事件と関わらざるを得ず、生き続けても何にもならないことを知っていながら、必死に戦う姿勢。そしてその強さ。全編を通じて、紋次郎という男の生き方を描いています。

やはり大ヒットした作品だけあって、第1話が昭和46年という昔 (どうでもいいことですが私と同い年です ^^;) に書かれたとは思えないほど、今読んでも一級のエンターテイメントです。


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